リスニングの軽視

リスニングの軽視

みなさんは新聞を読むとき、小説や雑誌を読むとき、全て「黙読」をすると思います。いちいち声に出して読むということはしません。この当たり前のように思える黙読という行為、実はとても新しいものなのです。どういうことかと言うと、黙読という行為は明治時代の中期以降に始まった行為だからです。それまでの日本人は文字というものは全て口に出して読み上げていました。全て音声にして内容を理解していたのです。電車の中で新聞を読むにしても音読、一人書斎にて本を読むにも音読です。今では考えられない光景です。

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しかしながら、やがて時代の流れにより音読が禁じられるようになってきました。これまで音読しかしてこなかった人が急に声に出して読むなと言われても、その切り替えはとても大変だったようです。大正時代にもなると音読の文化はすっかり衰退し、現在のように黙読が主流となりました。今では私たちも当たり前のように黙読をしますが、本来人々は文字・言葉は口にする、こということが当たり前だったのです。

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それが自然なコミュニケーション方法であり、文字・言葉を理解する方法だったのです。日本の英語教育というのは、文法を主に教えます。それに派生する単語やイディオム、その文法が使われている長文、その文法を使って表現する英作文などを試験問題にして理解度を確認します。英語は言葉であるにも関わらず、話すこと・聞くことを疎かにしているのです。日本人が当たり前のように音読をしていた歴史からすると、黙って英語の勉強をするというのはとても不自然な行為なのです。人々は黙読をしながらも、文字を読んで理解する過程において、文字を脳内で音声化しているのだと言われています。頭の中で音読しているというわけです。

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つまり、音にしないと理解できないのです。逆を言えば、英語を学ぶ上で、英語をもっと音としてとらえて理解するトレーニングをすれば、より内容を理解しやすくなるということなのです。単語を黙々とノートに書き綴って覚えるよりも(書くことで満足してしまう)、その単語が使われている文章を何度も口に出して復唱する方がずっと頭に残るはずです。それだけ言葉と音は密接に関わりあったものなのです。日本人がいつになっても英語を話せるようにならないのは、日本の英語教育がリスニングを軽視しているからに他なりません。もっと英語を音にして理解を深めましょう。